オークショットの名言集 1901-1990
- 石田卓成

- 3月17日
- 読了時間: 41分
更新日:10月1日
マイケル・オークショット
【保守主義について】
1.「保守的であるということは、変更に反対することではなく、特定の種類の変更を好むことである。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、ただ「変わるのは嫌だ!」という考え方ではありません。むしろ、変化の「やり方」にこだわります。社会のルールや仕組みを、まるで建物をリフォームするように、少しずつ、今の良いところを活かしながら変えていくことを好みます。逆に、建物を一度全部壊して、設計図だけで新しいものを建てようとするような、急激で根本的な変化には慎重になる、ということです。
2.「保守であるということは、変更を認めないことではなく、慣れ親しんだものを好むこと、十分に試されていないものよりも試されたものを好むこと、神秘よりも事実を好むこと、計画されたものよりも偶然を好むこと、全体的なものよりも限定的なものを好むこと、完璧さよりも便利さを好むこと、夢のような至福よりも現在の笑いを好むこと、未知の楽園の約束よりも現在の悲しみを好むことである。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:これは、保守的な考え方の特徴をリストアップした有名な一節です。新しいアプリより使い慣れたアプリを好むように、まだ誰も試していない斬新なアイデアより、多くの人が試して「大丈夫だった」と分かっている方法を選びます。壮大な理想よりも、目の前にある現実や、日々のささやかな楽しみを大切にする。未来の完璧な幸福を夢見るより、今あるものを大事にしよう、という地に足のついた考え方です 。
3.「保守主義は、未来を予測し、計画し、制御できるという幻想を抱かない。それは、未来は不確実であり、予測不可能であり、そして常に驚きに満ちていることを知っている。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:「未来はこうなるはずだ」と完璧な計画を立てても、その通りになるとは限りません。保守主義は、人生や社会には予想外のことがつきものだと考えます。だからこそ、人間の頭で考えた完璧な計画(合理主義)を過信せず、未来に対して慎重な姿勢をとります。何が起こるか分からないからこそ、急な変化は避けるべきだ、という考えにつながります。
4.「保守主義は、完璧な社会や理想的な政治体制を追求しない。それは、現実の社会は常に不完全であり、問題に満ちていることを知っている。そして、政治の目的は、完璧さを達成することではなく、むしろ、最悪の状態を回避し、可能な限り最善の状態を維持することである。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:「100点満点の完璧な社会」を目指すのではなく、「0点やマイナス点になるのを防ぐ」のが保守主義の政治観です。現実の社会は、常に何かしらの欠点や問題を抱えているものだと考えます。だから政治の役割は、ユートピアを作ることではなく、今ある社会がこれ以上悪くならないように、そして今ある良い部分をできるだけ長く保てるように、現実的な手入れを続けることだと考えます。
5.「保守主義は、熱狂的な情熱や壮大な計画を疑う。それは、人間の理性には限界があり、社会は複雑で予測不可能であることを知っている。したがって、性急な改革や急進的なな変革は、しばしば意図せぬ悲劇的な結果を招くと考える。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:「この素晴らしいアイデアで社会を一気に変えよう!」というような熱い思いや壮大な計画に対して、保守主義は「ちょっと待って」とブレーキをかけます。なぜなら、良かれと思ってやったことが、予想もしない副作用を生むかもしれないからです。社会は非常に複雑なので、人間の頭で考えた通りには動きません。急ぎすぎた改革は、かえって社会を混乱させる危険があると考えるのです。
6.「保守主義は、自由を尊重するが、抽象的な自由や形而上学的な自由ではなく、具体的な自由、すなわち、慣習、制度、そして法によって支えられた秩序ある自由を重視する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義も「自由」を大切にしますが、それは「何をしてもいい」という無制限の自由ではありません。交通ルールがあるからこそ、みんなが安心して道を歩いたり運転したりできるように、社会の法律や昔からの習慣といったルールの中で保障される「具体的な自由」を重視します。つまり、社会の秩序があって初めて、一人ひとりの自由が本当に守られる、という考え方です。
7.「保守主義は、共同体を重視するが、全体主義的な集産主義ではなく、自発的な結社、多元的な社会、そして個人の自由を尊重する共同体を重視する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:人々が協力し合う「共同体」は大切ですが、国がすべてを管理して個人の自由を奪うようなあり方(全体主義)には反対します。保守主義が理想とするのは、人々が自分たちの意思でサークルやグループを作ったり、多様な価値観が共存できたりする社会です。つまり、みんなで協力しつつも、一人ひとりの自由がしっかりと尊重されるような共同体が良い、と考えます。
8.「社会は、計画によって作られるものではなく、習慣によって育まれるものである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:社会は、誰かが設計図を引いて作ったものではなく、人々が長い時間をかけて日々の生活の中で自然と作り上げてきた「習慣」の積み重ねでできている、と考えます。文章にはなっていない暗黙のルールや、昔から続くやり方こそが、社会の土台になっている。だからこそ、そうした習慣を無視した急な改革は危険だと考えるのです。
9.「保守主義は、感謝の念から生まれる。それは、過去の世代から受け継いだもの、すなわち、社会の制度、慣習、そして文化に対する感謝の念であり、これらの遺産を尊重し、次世代に引き継ごうとする意志である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義の根っこには、先人たちへの「ありがとう」という気持ちがあります。今私たちが当たり前に享受している平和や便利な社会は、過去の世代の人々が築き上げてくれたおかげです。その努力に感謝し、彼らが残してくれた良いものを大切にして、次の世代にきちんとバトンタッチしていこう、という考え方が保守主義の基本姿勢です。
10.「保守主義は、謙虚さから生まれる。それは、人間の理性には限界があり、社会は複雑で予測不可能であることを認識する謙虚さであり、したがって、性急な改革や急進的な変革を避け、漸進的な改善を追求する慎重さである。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:「人間の頭で考えられることなんて、たかが知れている」という謙虚な気持ちが保守主義の出発点です。社会はとても複雑で、未来のことも完全には分かりません。だからこそ、「自分たちの計画は完璧だ」と過信せず、社会を少しずつ、慎重に良くしていくべきだと考えます。この謙虚さが、保守主義の慎重な姿勢につながっています。
11.「保守主義は、理論よりも実践を、抽象よりも具体を、普遍よりも特殊を、そして形式よりも内容を重視する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、頭で考えた理屈(理論)よりも、実際にやってみた経験(実践)を信じます。また、「愛」や「平和」といった漠然とした言葉(抽象)よりも、目の前にある具体的な問題に注目します。そして、「いつでもどこでも正しい」とされるルール(普遍)よりも、その場その場の状況に合った判断(特殊)を大切にするのです。
12.「保守主義は、過去を尊重するが、過去に固執するわけではない。それは、過去の経験から学び、過去の知恵を活用し、過去の遺産を未来に引き継ぐことを重視するが、過去の束縛に囚われることを拒否する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、歴史や伝統を大切にしますが、「昔はこうだったから、今も絶対にこうすべきだ」と考えるわけではありません。過去の成功や失敗から学び、良いところは未来に活かそうとしますが、時代に合わなくなった古いやり方に縛られることはしません。過去から学びつつも、現在に合わせて柔軟に変化していく姿勢を持っています。
13.「保守主義は、秩序を重視するが、権威主義的な秩序ではなく、自由と両立する秩序、すなわち、自発的な協力、慣習的なルール、そして限定的な政府によって支えられた秩序を重視する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:社会のルールや秩序は大切ですが、政府が力で人々を抑えつけるような秩序は好みません。そうではなく、人々が自主的に協力し合ったり、昔からの習慣を守ったりする中で生まれる、自然な秩序を理想とします。政府の役割は必要最小限にとどめ、人々の自由な活動と両立するような、バランスの取れた社会が良いと考えます。
14.「保守主義は、変化を恐れるのではなく、無分別な変化、性急な変化、そして全体的な変化を恐れる。それは、漸進的な変化、慎重な変化、そして限定的な変化を好み、社会の安定と秩序を損なわない範囲での変化を歓迎する。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、変化そのものが怖いわけではありません。怖いのは、よく考えずに、急いで、社会全体をひっくり返すような「無謀な変化」です。そうではなく、社会が混乱しないように、少しずつ、慎重に、部分的に変えていくことを好みます。安定を保ちながら、ゆっくりと変化していくことを望んでいるのです。
15.「保守主義は、完成されたイデオロギーではなく、むしろ、常に変化し、進化し続ける伝統である。それは、過去の経験から学び、現在の状況に適応し、未来の課題に対応していく、生きた思想である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、「これが絶対の正解だ!」というような、カチカチに固まった考え方(イデオロギー)ではありません。むしろ、時代とともに変化していく「生きた伝統」のようなものです。過去から学び、現在の状況に合わせて自分たちの考えをアップデートし、未来の問題にも対応していこうとする、柔軟な思想なのです。
16.「保守主義は、イデオロギーではなく、むしろ気質である。それは、特定の政治的信条の集合ではなく、むしろ、変化に対する特定の態度、すなわち、慣れ親しんだものを好み、十分に試されていないものよりも試されたものを好む態度である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、政治の教科書(イデオロギー)というよりは、個人の性格や好み(気質)に近いものです。「新しいもの好き」な人もいれば、「使い慣れたものが一番」という人もいるように、変化に対して「よく知っている安心できるものが良いな」と感じる、その心の傾向こそが保守主義の本質だ、ということです。
17.「保守主義は、普遍的な原理や抽象的な理論から出発するイデオロギーではなく、特定の状況に対する具体的な態度である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、「どんな時でも、このルールに従うべきだ」というような理論から物事を考えません。そうではなく、まず目の前にある具体的な状況をよく見て、「この場合はどうするのが一番良いだろう?」と、経験に基づいて判断する、現実的な態度を指します。マニュアルに従うのではなく、状況に応じて柔軟に対応するのです。
18.「保守主義は、イデオロギーではなく、むしろ、特定の種類の会話である。それは、社会の成員が、共通の過去を共有し、共通の現在を生き、共通の未来を築いていくための、継続的な対話である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、固定された教え(イデオロギー)というより、社会に生きる人々が続ける「終わりのない会話」のようなものだとオークショットは考えます。私たちは、同じ歴史を背負い、今を共に生きながら、「これからどうしようか?」と絶えず話し合っています。この対話を通じて、社会を維持し、少しずつ良くしていくプロセスそのものが保守主義だ、という考え方です。
19.「保守主義は、変化を完全に拒否するわけではないが、変化を常に注意深く、慎重に、そして漸進的に行うべきだと考える。それは、性急な変化は、しばしば予期せぬ副作用をもたらし、社会の安定を損なうことを知っている。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、変化をすべてダメだとは言いません。ただし、何かを変えるときは、いつも細心の注意を払い、ゆっくり少しずつ進めるべきだと考えます。なぜなら、急激な変化は、薬の副作用のように、予想もしなかった悪い影響をもたらし、社会を不安定にすることがあると知っているからです。
20.「保守主義は、特定の政治的目標や理想郷を目指す運動ではない。それは、むしろ、特定の種類の社会、すなわち、慣れ親しんだ社会、秩序ある社会、そして自由な社会を維持しようとする傾向である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、「未来にこんな素晴らしい社会を作ろう!」というゴールに向かって進むプロジェクトではありません。むしろ、今ある社会の「良いところ」―つまり、私たちが慣れ親しみ、ルールが守られ、自由に暮らせるという状態―を、これからも守り続けていこうとする姿勢そのものを指します。新しいものを手に入れるより、今ある大切なものを失わないようにすることを重視します。
21.「保守主義は、特定の政治的綱領や政策を支持するものではない。それは、むしろ、政治的活動の特定の様式、すなわち、慎重で、漸進的で、そして実践的な様式を好む。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:保守主義は、「Aという政策に賛成」「Bという法律を作るべき」といった、具体的な政策メニューを掲げるものではありません。それよりも、政治を行う上での「スタイル」や「やり方」を重視します。例えば、何かを決めるときは、急がず慎重に、少しずつ試し、現実的な方法を選ぶ、といった政治の進め方を好むのです。
22.「保守主義者は、船が沈まないようにするために、船の修理をする。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:社会を一つの船に例えるなら、保守主義者は、その船が沈没しないように、壊れた箇所を修理し、安全な航海を続けられるように努める乗組員のようなものです。社会全体を新しい船に作り変える(革命)のではなく、今乗っている船の良いところを維持し、問題点を少しずつ直していくことを重視する、という考え方を表しています。
【政治について】
23.「政治において、最善の策は、多くの場合、最小限の行動である。」 (政治における合理主義)
解説:政治の世界では、政府が「あれもやろう、これもやろう」と手を広げすぎるより、本当に必要なことだけをやる方が、結果的にうまくいくことが多い、とオークショットは考えます。良かれと思ってやった政策が、かえって社会を混乱させることもあるため、控えめな行動こそが賢明な場合が多い、という慎重な姿勢を示しています。
24.「政治とは、共通の関心事を追求するのではなく、異なる関心事を持つ人々が共に生きるための取り決めである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:政治の役割は、国民全員に「みんなでこの目標を達成しよう!」と呼びかけることではありません。むしろ、サッカーが好きな人もいれば、音楽が好きな人もいるように、人それぞれ興味や関心が違う中で、みんなが平和に共存するためのルール(取り決め)を作ることだと考えます。多様性を認めることが政治の出発点だ、ということです。
25.「政治とは、教科書から学ぶものではなく、会話の中で育まれるものである。」 (政治における合理主義「政治教育」)
解説:政治の本当の面白さや難しさは、教科書に書かれた理論だけでは分かりません。人々が日々の生活の中で、様々なテーマについて話し合い、異なる意見に耳を傾ける「会話」を通じて、政治的な感覚は養われる、とオークショットは考えます。生きた対話こそが、最高の政治の学びの場だということです。
26.「法とは、道徳的な理想を押し付けるものではなく、人々の行動を調整するための枠組みを提供するものである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:法律の役割は、「こう生きるのが正しい!」という特定の道徳や価値観を人々に強制することではありません。そうではなく、人々が社会の中でぶつかり合うことなく、それぞれ自由に活動できるようにするための、交通ルールのような「枠組み」を提供することだと考えます。法律は、社会生活をスムーズにするための道具であり、個人の心の中までは踏み込まない、という考え方です。
27.「政治とは、共通の目的を追求するのではなく、様々な目的を追求する人びとが共存するための取り決めである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:政治は、全員が同じゴールを目指すマラソンのようなものではありません。むしろ、人々がそれぞれ違う目的地に向かっていても、お互いに道で衝突しないように交通整理をするような役割を担います。多様な生き方を無理やり一つにまとめるのではなく、それぞれが共存できるためのルール作りこそが政治だ、と捉えています。
28.「政治的活動は、目的を達成するための手段ではなく、それ自体が目的のない追求である。」 (政治における合理主義「政治教育」)
解説:政治活動は、「〇〇を達成したら終わり」というような、ゴールありきの活動ではありません。社会の平和や秩序を保つという活動は、終わりがなく、永遠に続いていくものです。オークショットは、その続けていくこと自体に意味があると考えます。つまり、政治は結果を出すための手段ではなく、それ自体が継続すべき大切な営みなのです。
29.「政治的理論は、政治的実践を指導するためのルールや原理の体系ではなく、むしろ政治的実践を理解するための視点である。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:政治学の理論は、「こうすれば政治はうまくいく」というマニュアルではありません。そうではなく、現実に行われている複雑な政治の世界を、より深く理解するための「メガネ」や「考え方のツール」のようなものだとオークショットは考えます。理論は、実践の答えを教えてくれるのではなく、実践を理解する手助けをしてくれるのです。
30.「政治的活動は、つねに『すでにそこにある』社会において開始される。それは、完全に新しい始まりを創造することではなく、むしろ、既存の社会秩序の連続性を維持し、修復し、改善することを目指す。」 (政治における合理主義)
解説:政治は、何もないゼロの状態から社会を作り上げるものではありません。いつの時代も、すでに存在する歴史や伝統、ルールの中で始まります。だから政治の役割は、社会を根底から作り変えることではなく、今ある社会の良いところを維持し、問題点を修理し、少しずつ良くしていくことだとオークショットは考えます。
31.「政治的議論は、理性的な説得だけではなく、情熱、利害、そして偏見によっても影響を受ける。したがって、政治的合意は、常に一時的で、不完全で、そして脆弱なものである。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:政治の世界での話し合いは、冷静な理屈だけで決まるわけではありません。人々の熱い思いや、それぞれの損得勘定、時には思い込みや偏見も大きく影響します。だからこそ、政治の世界で一度決まったこと(合意)も、絶対的なものではなく、いつ状況が変わるか分からない、もろくて壊れやすいものなのです。
32.「政治的指導者は、技術者や科学者ではなく、むしろ、航海士や庭師のような存在である。彼らは、社会を設計したり、制御したりするのではなく、むしろ、社会の成長を促し、方向性を導き、そして危険から守る役割を担う。」 (政治における合理主義)
解説:政治のリーダーは、機械を設計する技術者のように、社会を思い通りに作り変えることはできません。むしろ、船の進む方向を導く航海士や、植物が育つのを手助けする庭師のように、社会が自然に良い方向へ成長するのを助け、危険から守るのが役割だとオークショットは考えます。社会を生き物のように捉えているのです。
33.「政治的活動の成功は、特定の結果を達成することではなく、むしろ、社会的な秩序と調和を維持し、紛争を抑制し、そして人びとが共に平和に暮らせるようにすることによって測られるべきである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:政治の成績は、「〇〇という目標を達成した」といった目に見える結果だけで評価すべきではありません。むしろ、社会全体の秩序が保たれ、人々が大きな争いなく、平和に暮らせているかどうかで判断すべきだとオークショットは言います。派手な成果よりも、地味でも安定した状態を維持することこそが、政治の成功だという考え方です。
34.「政治に最終的な目的はない。それは、秩序を維持する過程そのものである。」 (政治における合理主義「ロゴスとテロス」)
解説: 政治には、「これを達成すれば終わり」というような最終ゴール(テロス)はありません。政治とは、社会の秩序を保ち続けるための、終わりのない活動(過程)そのものだと考えます。ゴールを目指すのではなく、そのプロセス自体が政治の本質だということです。
35.「政治的活動は、言葉のやり取りを通じて行われる。それは、議論、説得、交渉、そして妥協のプロセスであり、言葉を通じて共通の理解を築き、共通の行動を調整していく。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説: 政治とは、突き詰めれば「言葉」を使ったコミュニケーションです。お互いの意見をぶつけ合い(議論)、相手を納得させようとし(説得)、条件を出し合い(交渉)、時にはお互いに譲り合う(妥協)。この言葉を通じたやり取りの中で、社会は動いていくのだとオークショットは考えます。
36.「政治とは、強制ではなく、説得によって成り立つ。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:理想的な政治は、権力で人々を無理やり従わせる(強制)のではなく、話し合いを通じて「なるほど」と納得してもらう(説得)ことで成り立つべきだとオークショットは考えます。異なる意見を持つ人々が、言葉を尽くして理解し合おうとすることこそが、政治の本質だという主張です。
37.「政治的議論は、単なる情報交換ではなく、むしろ、異なる視点や意見が衝突し、対立し、そして相互に影響し合う場である。そのような議論を通じて、私たちは自己の考えを吟味し、他者の考えを理解し、そしてより洗練された判断へと到達することができる。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:政治の議論は、ただ情報を交換するだけの場ではありません。違う考えを持つ人々が、意見をぶつけ合い、時には対立しながら、お互いに影響を与え合うことで、自分の考えを見つめ直し、相手の立場を理解することができます。そのプロセスを通じて、より良い判断ができるようになる、という考え方です。
38.「政治的言説は、結論を出すためではなく、理解を深めるためにある。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:政治的な話し合いの目的は、無理に一つの「正解」を出すことではありません。むしろ、なぜ相手がそう考えるのか、その背景にある価値観は何か、といったお互いの立場への「理解」を深めること自体が重要だとオークショットは考えます。結論を急ぐのではなく、理解を深めるプロセスを大切にすべきだという主張です。
39.「政治的合意は、理性的な説得によってのみ達成されるものではない。それは、感情、信頼、そして相互尊重といった、より非合理的な要素にも依存している。したがって、政治的合意は、常に繊細で、壊れやすく、そして不断の努力によって維持されなければならない。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:政治の世界で「みんなでこうしよう」と合意するためには、正しい理屈だけでは不十分です。お互いの感情や、「この人なら信頼できる」という気持ち、相手へのリスペクトといった、理屈では説明できない要素が大きく影響します。だからこそ、一度まとまった合意も非常にデリケートで、それを維持するためには絶え間ない努力が必要なのです。
40.「言葉は、政治の道具であり、同時にその限界でもある。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:政治は言葉を使って行われますが、言葉は万能ではありません。言葉は、考えを伝えるための強力な「道具」であると同時に、誤解を生んだり、本心を完全には伝えきれなかったりするという「限界」も持っています。オークショットは、政治の難しさは、この言葉の持つ二面性にある、と指摘しています。
41.「政治的リーダーシップは、強力な意志やカリスマ性によって発揮されるものではなく、むしろ、状況を的確に理解し、適切な判断を下し、そして人びとを説得し、協力を引き出す能力によって発揮される。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:優れたリーダーとは、「俺についてこい!」と強く引っ張っていくタイプの人だけではありません。むしろ、その場の状況を冷静に分析し、的確な判断を下し、そして人々に丁寧に説明して協力を得られるような能力こそが、本当のリーダーシップだとオークショットは考えます。
42.「政治的活動の最終的な目的は、特定のエンドステートを達成することではなく、むしろ、文明的な対話の継続を可能にすることである。政治は、終わりのない会話であり、その目的は、会話を続けること、つまり、人びとが共に平和に、そして有意義に生きることを可能にすることにある。」 (政治における合理主義)
解説:政治の最終ゴールは、「理想の社会を作る」といった特定の目標を達成することではありません。むしろ、人々が冷静に話し合いを続けられる状態、つまり「会話」が続く状態を保つこと自体が目的だとオークショットは考えます。人々が平和に共存し、対話を続けられる社会を維持することこそが、政治の最も大切な役割だということです。
43.「政治とは、人間の欲望を満足させるための装置ではなく、むしろ欲望の衝突を管理するための取り決めである。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:政治は、「あれが欲しい、これが欲しい」という人々の願いをすべて叶えてくれる魔法のランプではありません。むしろ、人々の様々な欲望がぶつかり合って社会が混乱しないように、ルールを作って交通整理をする(管理する)ための仕組みだとオークショットは考えます。
44.「政治的活動は、目的を達成するための手段ではなく、むしろ目的のない追求である。」 (政治における合理主義)
解説:この言説は28番と同じ趣旨を繰り返しています。政治は「何かを達成したら終わり」というゴール志向の活動ではなく、社会の安定を保つために永遠に続いていくプロセスそのものに価値がある、という考え方です。
45.「政治とは、無制限で果てしない海を航海するようなものである。そこには避難港もなければ、海底に錨を下ろすことも、出発点もなければ、予定された目的地もない。なすべきことは、ただ浮き続けることだけである。」 (政治における合理主義)
解説:これはオークショットの政治観を象徴する、非常に有名な比喩です。政治を、決まった目的地(理想の社会)も、安全な港(完璧な解決策)もない、広大な海の航海に例えています。政治家にできることは、未来を完璧に予測することではなく、経験と知恵を頼りに、社会という船が沈まないように、なんとか「浮き続ける」ことだけだ、という現実的で謙虚な政治観を示しています 。
【理性主義について】
46.「理性主義とは、知識の形態の一つであり、それは実践的知識を軽視し、理論的知識のみを真の知識とみなす傾向である。」 (政治における合理主義)
解説:オークショットが批判する「理性主義」とは、理性を働かせること自体ではありません。それは、知識には2種類あるのに、片方だけをえこひいきする考え方のことです。教科書で学べるような「理論的知識」ばかりを重視し、経験や勘といった、言葉で説明しにくい「実践的知識」を軽んじる態度のことを、彼は「理性主義」と呼んで批判しました。
47.「政治的理性主義者は、政治を技術的な問題として捉え、普遍的な原則や計画に基づいて社会を改造できると信じている。」 (政治における合理主義)
解説: 「政治的理性主義者」とは、政治をまるで機械の修理のようなものだと考える人々のことです。「この完璧な設計図(計画)通りにやれば、社会は必ず良くなるはずだ」と信じ、社会全体を作り変えようとします。オークショットは、このような考え方は、現実の社会の複雑さを無視していると警告しました。
48.「普遍的な計画とは、具体的な場所を持たない計画であり、したがって、どこにも適用できない計画である。」 (政治における合理主義「バベルの塔」)
解説:「どんな社会でもうまくいく」とされる「普遍的な計画」は、結局のところ、どの社会の具体的な事情にも合わないため、「どこでも使えない計画」になってしまう、とオークショットは言います。それぞれの社会には、独自の歴史や文化があります。それを無視した、机上の空論だけの計画は失敗する運命にある、という批判です。
49.「イデオロギーとは、政治的知識の代用品である。」 (政治における合理主義)
解説:イデオロギー(「〇〇主義」といった特定の考え方の体系)は、複雑な政治の世界を理解するための、いわば「インスタント食品」のようなものだとオークショットは考えます。手軽で分かりやすいけれど、本当に必要な栄養(深い知識)は含まれていない。政治には、そんな代用品ではなく、歴史や経験に基づいた本物の知識が必要だ、という批判です。
50.「政治的理性主義の特徴は、政治的知識に対する特定の態度である。それは、私はそれを「技術」と呼ぶだろうが、それは、政治的活動は、普遍的なルール、原理、または原理の集合に還元できると想定する。」 (政治における合理主義)
解説:政治的理性主義の考え方の特徴は、政治を一種の「技術」だと見なす点にあります。つまり、料理のレシピのように、「この手順でやれば、誰でもうまくいく」という普遍的なルールや原則に、複雑な政治を分解できると考えてしまうのです。オークショットは、政治はそんな単純な技術ではないと批判しました。
51.「合理主義とは、独立した思考の代わりに、技術の支配を置くことである。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義は、自分で深く考えることよりも、マニュアル(技術)に従うことを優先する考え方だとオークショットは批判します。決まったやり方に頼るあまり、その場その場の状況に応じて柔軟に考える力や、自分の頭で判断する力を失わせてしまう危険性がある、と考えています。
52.「政治的知識は、技術的知識と実践的知識の二つの種類に分けられる。技術的知識は、ルール、原理、原理の集合として公式化できる知識であり、実践的知識は、公式化できない、習慣的で、状況に依存する知識である。」 (政治における合理主義)
解説:政治に必要な知識には2種類ある、とオークショットは言います。一つは、教科書に書けるような、言葉で説明できる「技術的知識」。もう一つは、言葉ではうまく説明できない、長年の経験や勘からくる「実践的知識」です。例えば、自転車の乗り方は、理屈(技術的知識)だけでは身につかず、実際に乗ってみる経験(実践的知識)が必要です。政治も同じで、後者が非常に重要だと彼は考えました。
53.「政治的理性主義者は、実践的知識の存在を否定するか、あるいはそれを技術的知識に劣るものとみなす傾向がある。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、言葉で説明しにくい「実践的知識」(経験や勘)を、曖昧で信頼できないものだと考え、ルールとして整理された「技術的知識」だけを価値あるものと見なします。しかしオークショットは、優れた料理人がレシピに書かれていないコツを知っているように、政治の世界でも、この実践的知識こそが決定的に重要だと主張しました。
54.「政治的理性主義は、抽象的な原理から出発し、それを現実に適用しようとする演繹的な思考様式である。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義の考え方は、まず頭の中で「こうあるべきだ」というルール(原理)を作り、それを現実の世界に当てはめようとします(これを演繹的思考と言います)。オークショットは、政治においては、現実の具体的な事例から学んでルールを見つけ出していく(帰納的思考)という、逆のアプローチも同じくらい大切だと考えました。
55.「行動が合理的であるためには、目的が明確である必要はない。むしろ、行動はその状況の中で意味を持つ。」 (政治における合理主義「合理的行動」)
解説:ある行動が「合理的」かどうかは、事前に立てた目的を達成できたかどうかだけで決まるわけではない、とオークショットは言います。たとえ明確な目的がなくても、その場の状況にうまく対応した行動は、十分に合理的だと言えるのです。計画通りに進めることだけが合理的なのではなく、状況に合わせて柔軟に対応することもまた、合理的なのです。
56.「政治における合理主義とは、伝統の知恵を無視し、抽象的な原理に固執することである。」 (政治における合理主義)
解説:オークショットによれば、政治における合理主義の最大の問題点は、昔から受け継がれてきた経験の知恵(伝統)を無視して、頭の中だけで考えたルール(原理)にこだわってしまうことです。伝統には、過去の人々の試行錯誤の歴史が詰まっているのに、それを古いものとして切り捨ててしまう、と彼は批判します。
57.「政治的理性主義は、過去の経験や伝統を軽視し、現在と未来のみを重視する傾向がある。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、過去の経験や伝統を「時代遅れ」だと考え、あまり重要視しません。彼らの関心は、理性的な計画に基づく「今」と「未来」にあります。しかしオークショットは、過去は学ぶべき知恵の宝庫であり、それを無視して未来を語ることはできない、と主張しました。
58.「合理主義者は、あたかも自分が白紙の状態から出発するかのように立ち、行動する。」 (政治における合理主義)
解説:合理主義者は、まるで自分が歴史や伝統のない、真っ白な紙の上に立っているかのように振る舞います。過去の経験をリセットして、自分の理性だけを頼りに、ゼロから理想の社会を設計しようとします。オークショットは、このような態度は、過去から学ぶことの重要性を見落としている、と批判します。
59.「政治的活動は、常に特定の状況の中で行われ、特定の歴史的文脈に根ざしている。普遍的な原理や計画は、このような具体的な状況や文脈を無視するため、政治的活動の指針としては不適切である。」 (政治における合理主義)
解説:政治は、いつだって特定の場所、特定の時代という具体的な状況の中で行われます。「いつでもどこでも通用する」はずの普遍的なルールは、それぞれの場所が持つユニークな歴史や文化を無視してしまうため、現実の政治の役には立たない、とオークショットは考えました。
60.「政治的知識は、書物から学ぶことができるものではなく、実践を通じて、経験を通じて、世代から世代へと受け継がれることによってのみ習得できるものである。」 (政治における合理主義)
解説:政治で本当に役立つ知恵は、本を読むだけでは身につきません。実際に政治の現場で活動し、様々な経験を積み、先輩たちのやり方を見て学ぶことで、初めて習得できるものだとオークショットは言います。政治は、机上の学問だけでは務まらない、生きた知恵が必要な分野なのです。
61.「政治における理性主義者は、政治的知識の唯一の正当な形態は技術的知識であると信じているため、政治的活動は、技術的知識を適用する問題であると考える傾向がある。彼らは、政治的知識は、普遍的な原理、ルール、または計画の集合に還元できると想定し、政治的活動は、これらの原理、ルール、または計画を現実に適用することによって、社会を改善し、問題を解決することができると信じている。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、「政治の知識とは、言葉で説明できるルール(技術的知識)のことだ」と信じているため、政治とは「そのルールを現実に当てはめる作業」だと考えがちです。そして、「そのルール通りにやれば、社会は必ず良くなるはずだ」と信じています。オークショットは、この考え方こそが、政治の本質を見誤らせる元凶だと批判しました。
62.「しかし、政治的知識のもう一つの形態、すなわち実践的知識が存在する。実践的知識は、ルールや原理の集合として公式化することができない知識であり、むしろ、習慣、先例、やり方として存在する。それは、明示的に教え込まれるものではなく、むしろ模倣と経験を通じて学び取られるものであり、特定の状況に依存し、常に変化し続ける。」 (政治における合理主義)
解説:オークショットは、理性主義者が見落としている、もう一つの重要な知識「実践的知識」の存在を強調します。これは、マニュアル化できない知識で、昔からの習慣や過去の事例、周りの人のやり方を見て学ぶものです。それは、状況によって変わり、常にアップデートされていく、生きた知恵なのです。政治には、この実践的知識が不可欠だと彼は主張しました。
63.「政治的理性主義者は、政治的活動を、普遍的な計画や青写真に基づいて社会全体を再構築するプロジェクトとして捉える傾向がある。彼らは、社会は、理性的な設計によって、より完璧な、より合理的なものにすることができると信じている。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、政治を、まるで建物の設計図(青写真)に基づいて、社会全体を作り直す壮大なプロジェクトのように考えがちです。「人間の理性を使えば、もっと完璧な社会が作れるはずだ!」と信じています。オークショットは、このような考え方は、社会が人間の計画通りには動かない複雑な生き物だという現実を無視している、と警告しました。
64.「理性主義者は、完全な人間を作り直すことを夢見るが、その結果は人間性の破壊である。」 (政治における合理主義「バベルの塔」)
解説:理性主義者が、理想に基づいて人間や社会を完璧に作り変えようとすることを、オークショットは聖書の「バベルの塔」の物語に例えて批判します。神に届こうと一つの塔を作ろうとした人々が混乱に陥ったように、多様で不完全な人間を、一つの型にはめようとする試みは、かえって人間らしさを破壊する悲劇的な結果に終わる、と警告しています。
65.「政治的理性主義の魅力は、その簡潔さと明瞭さにある。それは、複雑な問題を単純化し、不確実な状況を確実なものに変え、曖昧な目標を明確なものに変えることを約束する。しかし、この魅力は、幻想に過ぎない。政治的現実は、常に複雑で、不確実で、曖昧であり、理性主義的な計画や青写真によって完全に捉えたり、制御したりすることはできない。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義がなぜ人々を惹きつけるのか?それは、その「分かりやすさ」にあります。複雑な問題を単純に見せ、未来が確実であるかのように語り、明確なゴールを約束します。しかし、オークショットは、それはただの幻想だと言います。現実の政治は、常に複雑で、何が起こるか分かりません。簡単な解決策でコントロールできるほど、甘くはないのです。
66.「政治的理性主義者は、政治を科学のように捉え、客観的な真理や普遍的な法則を発見できると信じている。しかし、政治は科学とは異なる。政治は、価値観、意見、そして利害が衝突する領域であり、客観的な真理や普遍的な法則が存在するわけではない。政治的知識は、科学的な知識ではなく、むしろ、実践的な知恵、状況判断能力、そして対話と妥協の技術である。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、政治を科学のように考え、実験で法則を見つけるように、「絶対的な正解」を発見できると信じています。しかしオークショットは、政治に「唯一の正解」はない、と反論します。政治とは、人々の様々な価値観や利害がぶつかり合う場であり、必要なのは科学的な知識ではなく、経験からくる知恵や、対話を通じて妥協点を見出す技術なのです。
67.「功利主義は、人間の行為を計算可能なものに還元するが、それは人間の深みを失わせる。」 (政治における合理主義「新しいベンサム」)
解説:「みんなの幸福を最大化するのが善だ」と考える功利主義を、オークショットは批判します。この考え方は、人間の行動を「快楽」と「苦痛」の足し算・引き算に単純化しすぎている、と彼は考えます。人間の行動は、愛情や名誉、習慣など、数字では測れない様々な動機に影響されています。功利主義は、そうした人間の複雑な内面(深み)を見落としてしまう、と指摘します。
68.「政治的理性主義の最大の誤りは、政治を道徳的な問題として捉え、特定の道徳的理想を実現しようとすることである。政治は、道徳的な理想を実現するための手段ではなく、むしろ異なる道徳的価値観を持つ人々が共に生きるための取り決めである。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義の大きな間違いは、政治を「何が正しい生き方か」という道徳の問題にしてしまうことです。そして、「これが正しい社会だ!」という特定の理想を実現しようとします。しかしオークショットは、政治の役割は、特定の正義を実現することではなく、違う価値観を持つ人々が平和に共存するためのルールを作ることだ、と考えます。
【伝統について】
69.「政治的伝統とは、ルールではなく、むしろ習慣であり、先例であり、やり方である。それは、厳密に公式化されたものではなく、むしろ理解されたものであり、明示的に教え込まれたものではなく、むしろ模倣によって学び取られるものである。」 (政治における合理主義)
解説:政治の世界での「伝統」とは、法律のようなカチッとしたルールではありません。むしろ、「みんなが何となくやっていること(習慣)」や「昔のあの時はこうやったな(先例)」といった、文章になっていない知恵のことです。それは、誰かに教わるというより、周りの人のやり方を見て、自然と身につくものなのです。
70.「政治教育とは、技術を教えることではなく、伝統を理解することである。」 (政治における合理主義「政治教育」)
解説:政治について学ぶこと(政治教育)は、選挙に勝つテクニックや法律の作り方を学ぶことだけではない、とオークショットは言います。それよりも大切なのは、その社会が長い時間をかけて培ってきた歴史や文化、つまり「伝統」を深く理解することです。その理解こそが、未来の政治を考える上での土台になる、という主張です。
71.「政治的伝統は、過去の世代から受け継がれた知恵の蓄積である。それは、試行錯誤の歴史であり、成功と失敗の経験であり、世代を超えて蓄積された実践的な知識である。この知恵は、書物や理論の中に明示的に表現されているわけではないが、社会の習慣、制度、そして人々の行動の中に暗黙的に埋め込まれている。」 (政治における合理主義)
解説:政治における伝統は、過去の人々が残してくれた「知恵のデータベース」のようなものです。それは、成功や失敗といった、たくさんの試行錯誤の経験が詰まった、実践的な知識の集まりです。この知恵は、教科書に書かれているわけではなく、社会の習慣や人々の当たり前の行動の中に、ひっそりと息づいているのです。
72.「伝統とは、過去の遺物ではなく、現在を生きるための対話である。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:伝統は、博物館に飾られている古い骨董品ではありません。オークショットは、伝統を、過去と現在が続ける「終わりのない会話」のようなものだと考えます。過去の人々の経験や知恵に耳を傾け、それをヒントに「今、私たちはどう生きるべきか」を考える。それが伝統の生きた役割なのです。
73.「政治的伝統は、過去の遺物を博物館に保存することではなく、むしろ、過去の経験を現在に活かし、未来を創造していくことである。それは、過去との継続的な対話であり、過去から学び、過去を批判的に検討し、過去を乗り越えていくプロセスである。」 (政治における合理主義「保守的であるということ」)
解説:政治における伝統とは、昔のものをただ大事にしまっておくことではありません。過去の経験を今の時代に活かし、より良い未来を作るためのものです。それは、過去と絶えず「対話」し、良い点は学び、悪い点は反省し、そして乗り越えていくという、ダイナミックなプロセスなのです。
74.「政治的伝統は、過去の遺産を盲目的に受け継ぐことではなく、過去との対話を通じて、現在を理解し、未来を切り開いていくことである。」 (政治における合理主義)
解説:伝統とは、昔からのやり方を何も考えずに真似することではありません。過去の出来事や考え方と向き合い、「なぜそうなったのか?」と対話することで、今の社会をより深く理解し、未来へのヒントを得るためのものです。伝統は、過去と現在、そして未来をつなぐ、生きた知恵なのです。
【歴史について】
75.「歴史家とは、過去の出来事を物語る人ではなく、過去の証拠を解釈する人である。」 (政治における合理主義「歴史家の営為」)
解説:歴史家の仕事は、昔話をするように、過去に起こったことをただ話すことではありません。残された資料(証拠)を元に、「これは何を意味するのか?」「なぜこんなことが起こったのか?」と考え、説明する(解釈する)探偵のような仕事だとオークショットは考えます。歴史とは、解釈を通じて過去を理解する知的な活動なのです。
76.「過去は、それ自体では存在せず、現在の問いに対する答えとしてのみ現れる。」 (政治における合理主義「歴史家の営為」)
解説:過去の出来事は、ただそこにあるわけではありません。現在の私たちが「なぜこうなったのだろう?」という疑問(問い)を持って初めて、意味のあるものとして姿を現す、とオークショットは考えます。歴史とは、現在の私たちが過去と対話する中で、初めて浮かび上がってくるものだ、という主張です。
【哲学について】
77.「哲学的探究は、答えを提供するものではなく、問いを明らかにするものである。」 (経験とその様態)
解説:哲学の役割は、人生の「答え」を教えてくれることではありません。むしろ、私たちが普段当たり前だと思っていることに対して、「それって本当にそうなの?」と根本的な「問い」を投げかけ、問題をはっきりさせることが哲学の仕事だとオークショットは考えます。答えよりも、良い問いを見つけることを重視するのです。
78.「哲学の目的は、経験の部分的なものを、全体としての経験の観点から理解することである。」 (経験とその様態)
解説:哲学の目的は、私たちが日々経験する個々の出来事をバラバラに捉えるのではなく、それらが人生全体や世界全体の中でどのような意味を持つのか、という大きな視点から理解しようとすることです。木を見るだけでなく、森全体を見ようとする試みが哲学だ、ということです。
79.「すべての経験は、哲学的経験の可能性を含んでいる。」 (経験とその様態)
解説:どんなに些細な日常の出来事の中にも、深く考えるきっかけ、つまり哲学の種が隠されている、とオークショットは考えます。例えば、友達との何気ない会話から、「友情とは何か?」という哲学的な問いが生まれるかもしれません。どんな経験も、私たちを哲学的な探求へと導く入り口になりうるのです。
80.「哲学とは、経験をその全体性において把握しようとする試みであり、特定の視点や様態に還元されないものである。」 (経験とその様態)
解説:哲学とは、私たちの経験を、科学的な視点や、経済的な視点といった、一つの見方だけで判断するのではなく、あらゆる角度から、できるだけ丸ごと全体として理解しようとする試みです。一つの考え方に偏らず、物事の多様な側面を見つめようとすることが、哲学の役割だと考えます。
【知識について】
81.「大学での政治学は、職業訓練ではなく、知的な探求であるべきだ。」 (政治における合理主義「大学にふさわしい『政治学』教育について」)
解説:大学で政治学を学ぶ目的は、政治家や公務員になるための実用的なスキルを身につけること(職業訓練)だけではない、とオークショットは言います。それよりも、政治とは何か、その本質や歴史について深く考え、知的な好奇心を満たす「探求」であるべきだ、という考え方です。
82.「政治的理性主義は、政治的知識の技術的な側面のみを重視し、実践的な側面を軽視する傾向がある。しかし、政治的活動の本質は、技術的な問題解決ではなく、むしろ実践的な知恵と判断力の発揮にある。」 (政治における合理主義)
解説:理性主義者は、政治の知識の中でも、マニュアル化できる「技術的な知識」ばかりを重視し、経験からくる「実践的な知恵」を軽んじがちです。しかしオークショットは、政治で本当に大切なのは、問題をマニュアル通りに解決することではなく、その場その場の状況に応じた、生きた知恵や判断力を働かせることだ、と考えます。
83.「政治的知識は、抽象的な原理や普遍的な法則を適用することによってではなく、具体的な状況に対する注意深い観察と、過去の経験からの教訓を学ぶことによってのみ、増大する。」 (政治における合理主義)
解説:政治の世界で賢くなるためには、「いつでもどこでも正しい」とされるルールを覚えるだけでは不十分です。目の前で起きていることをよく観察し、歴史上の似たような出来事から教訓を学ぶことによってのみ、本当に役立つ知識は増えていく、とオークショットは言います。知識は、経験から学ぶものなのです。
84.「知識とは、特定の場所に根ざしたものであり、普遍的なものは知識ではなく幻想である。」 (政治における合理主義「バベルの塔」)
解説:本当の知識とは、特定の時代や文化といった、具体的な状況の中で初めて意味を持つものだ、とオークショットは考えます。そこから切り離された、「いつでもどこでも通用する普遍的な知識」というのは、現実には役に立たない幻想に過ぎない、と彼は批判します。
【経験について】
85.「経験とは、それ自体が完全であり、それを超える現実はない。」 (経験とその様態)
解説:私たちが知ったり、感じたりする、あらゆる「経験」こそが、私たちが知ることのできる唯一の現実だ、とオークショットは考えます。私たちの経験の外側に、客観的な「本当の世界」があるわけではない。私たちが頼れるのは、自分自身の経験だけだ、という徹底した考え方です。
86.「真理とは、経験の首尾一貫性である。」 (経験とその様態)
解説:オークショットにとって「真理(本当のこと)」とは、どこかにある絶対的な答えではありません。私たちの様々な経験が、パズルのピースがはまるように、矛盾なく、うまくつながり合っている状態のことを指します。経験同士がうまく調和し、一つのまとまった物語になっている時、それが私たちにとっての「真理」だ、と考えます。
87.「人間の知識は、経験から離れて存在することはなく、経験の中で生まれ、経験の中で成長する。」 (経験とその様態)
解説:人間の知識は、生まれつき持っているものでも、頭の中だけで生まれるものでもありません。日々の様々な経験を通じて、初めて生まれ、育っていくものだとオークショットは考えます。経験という土壌があって初めて、知識という植物は育つのです。
88.「経験は、単一のものではなく、多様な様態を持つ。それぞれの様態は、全体の一部として理解されるべきである。」 (経験とその様態)
解説:私たちの「経験」は、一つの種類だけではありません。科学的なものの見方、歴史的なものの見方、芸術的なものの見方など、様々なモード(様態)があるとオークショットは考えます。そして、それらはバラバラに存在するのではなく、互いに関連し合いながら、私たちの豊かな世界認識を形作っているのです。
【詩と人間の精神について】
89.「詩は、実用的な目的を持たず、ただ存在することに喜びを見出す。」 (政治における合理主義「人類の会話における詩の言葉」)
解説:詩や芸術は、「何かの役に立つ」ためにあるのではありません。それを作ったり、鑑賞したりすること自体が喜びである、純粋な活動だとオークショットは考えます。効率や実用性が重視される現代社会において、目的から解放された人間の自由な精神の活動として、詩を高く評価しています 。
90.「幸福とは、目的の達成ではなく、活動そのものの中にある。」 (政治における合理主義「人類の会話における詩の言葉」)
解説:幸福は、目標を達成した瞬間にだけ得られるものではない、とオークショットは考えます。むしろ、目標に向かって何かに夢中になっている「過程」や「活動そのもの」の中にこそ、幸福の本質はある、という主張です。結果よりも、そのプロセスを楽しむことを重視する人生観が表れています。
【文明と自由について】
91.「文明とは、強制ではなく、自発的な参加によって成り立つ。」 (政治における合理主義「政治を語る」)
解説:文明的な社会は、権力が人々に「こうしなさい」と強制することで成り立つのではありません。人々が自分の意思で、自由に社会活動に参加することによって成り立つのだとオークショットは考えます。一人ひとりの自発的な行動が、社会全体の良い秩序を生み出す、という信頼に基づいています。
92.「懐疑主義は、無知ではなく、知恵の始まりである。」 (政治における合理主義「政治的言説」)
解説:物事をすぐに信じ込むのではなく、「それって本当?」と疑ってかかること(懐疑主義)は、単に何も知らないこととは違います。それは、より深い理解や知恵にたどり着くための、大切な第一歩だとオークショットは考えます。疑うことによって、私たちは思考を深め、より賢くなることができる、という主張です。


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